2020年11月2日月曜日

誰かを好きになると、何も出来なくなる人がいる、でもその緊張で言えないのだ。 恋愛と電話相談

      

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世の中にはね、自分の思い通りになってくれない相手のほうが多いんだよ。
おべっかばっかり使って友達になろうとするやつも同じくらい多い。
だけどムーミン、僕はそんなやつが大嫌いさ。
スナフキン(ムーミン) 
    
もっと意気地のない弱虫は、自分のした悪いことを隠して人を騙すことだよ。
スナフキン(ムーミン)
  
人間もみんなにこわがられるようになると、あんなにひとりぼっちになってしまうのさ。
有名になるなんてつまらないことさ。
はじめはきっとおもしろいだろう。でもだんだんなれっこになって、しまいにはいやになるだけだろうね。
メリーゴーランドにのるようなものじゃないか。
スナフキン(ムーミン) 
  
自然を感じるだろ…?強い風の前に立って、自分達に向かって進んでくる雨を感じるのは、なんて素晴らしいんだ。
スナフキン(ムーミン) 
  
なぜみんなは僕をひとりでぶらつかせといてくれないんだ。
もしぼくがそんな旅のことを人に話したら、僕はきれぎれにそれを吐きだしてしまってみんなどこかへいってしまう。
そして、いよいよ旅が本当にどうだったかを思い出そうとする時には、ただ自分のした話のことを思いだすだけじゃないか。
そういうことをどうしてみんなは分かってくれないんだ。
スナフキン(ムーミン) 


2020年10月16日金曜日

恋愛でも理解できない事があると嫌いになる、結婚だと顔を見たくなくなる。結婚の悩み相談

 

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人は自分たちの理解できないことを軽蔑する。
コナン・ドイル『シャーロック・ホームズ』 
  
物語の知られざる側面を明かすとき、崇高な道徳心が最高の知恵であることに気付くであろう。
コナン・ドイル 
  
ほら、やっぱり君は観察してはいないんだ。だが見ることはみている。
その違いが、まさに僕の言いたいことなんだ。
コナン・ドイル『シャーロック・ホームズ』 
  
ぼくの行動に”たぶん”はない。実際に、もっとましな結果を得てるんだ。
コナン・ドイル『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』 
  
たしかになにもないと見えるかもしれない。
それでもやはり、きわめて重要なんだ。
コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』 
  
かたじけなくもあのお殿様、ぼくの頭をご自分の頭と同列に扱ってくれたよ。
コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』 
  
いやね、ワトスン、気どって言うわけじゃないが、依頼人の身分なんてのはこのぼくにとって、事件への興味ほど重みもないんだ。
コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』 
  
残念ながら、ありうるありえないの問題ではない。
事実なのです。
コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』 




2020年9月16日水曜日

出会っても好きなれないからまた機会を求める、何故ダメなのかを考えましょう 🎭

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池田晶子

モノによって満たされるココロもあれば、モノによらずに満たされるココロもある。
いずれにせよ、満たされて幸せだったり、満たされなくて不幸だったりすることが出来るのは、モノのほうではなくて、いつでもココロなのだ。
そしてこういったモノに対するココロの絶対優位を自覚しているココロこそが、この世のあらゆる物事を、本当に楽しむことが出来るのだろう。

覚悟はあるなら、人生のたいていのことは、なんとかなるのではないでしょうか。
「なんとかなる」というのは、決断を誤らない、失敗をしないということでは決してない。
決断が決断である以上、それが誤る可能性、失敗する可能性は必ずあるわけですが、それらのリスクをも引き受ける覚悟で決断する、
そういう心の構えがあるなら、結果は実は二の次ではないかということです。

悲観も楽観もせずにいるのがいいのです。
「いい」というのは「望みがかなう」ということではなくて、そういう望みをもたないことが結局一番「いい」ということ。
なぜなら、わかりっこない先のことを、あれこれ思い煩うから、人間は不幸になっている。
でも、いま幸福にならずに、いつ幸福になるつもりなんですか。

死ぬとか病むとか老いるとか、当たり前のことを否定として捉えるから人は苦しむことになるのでしょう。
やはり、当たり前を当たり前として捉え、なおそれを楽しむという構えが、ひょっとしたら人生の極意なのかもしれません。

『人間は常に客観的中立的に判断し、生きるべきだと言う人はいるかもしれません。
しかし、そのように客観性を求め主観性を排すという態度自体が、その人の好み以外ではありえない。
「情動」というから、それは人間と動物に限られるように聞こえますが、どうもそれだけではなさそうだ。
「好みのオス」「好みのメス」という原始的なレベルをさらに遡ると、原子レベルにすらこの「情動」は働いているのではないか。